インタビューした人:檀原 照和
(ダンス・パフォーマー/ライター/黒人文化研究家)
特定の師につかず、舞踏〜ダンス〜ボディーワークなどを中心としたワークショップを渡り歩いて研鑽を重ねる。「日本で最初の船上ダンス公演」など数回のソロ公演を経てク・ナウカに参加。ク・ナウカ脱退後、大橋可也+ダンサーズ作品でバニョレ・ジャパンプラットホーム出演。他に演劇ユニット1028作品でアヴィニオン・フェスティバルに参加するなどしている。
また黒人文化研究の結果をまとめた単行本「ヴードゥー教大全(仮題)」が夏目書房より来春発売の予定。*このインタビュー記事は元々ダンス業界向けに書かれたものではありません。アフリカ好き、アフリカン・ダンス/アフロ・カリビアンダンス好きな人間向けに書き始めたものです。しかし舞踏〜コンテンポラリー・ダンス愛好者にも十分アピールできる内容だと思います。
山崎広太インタビュー 日本を代表する舞踊家の一人で、2003年夏よりアフリカのセネガルに長期滞在中の山崎広太氏にインタビューしました。ちょうどシアター・トラムで「アフリカの夜」を上演して間もなかった頃です。舞踏、バレエに精通しながらアフリカに深く関わるダンサーは、日本広しといえども彼だけでしょう。「明後日からセネガルに行かないといけないんだけど」といっていた山崎氏。このインタビューは山崎広太氏のセネガルでの仕事ぶりを取り上げた、本邦初のインタビューです。
山崎 広太(アフリカにて)
山崎広太 プロフィール
笠井叡に舞踏を、故・井上博文にバレエを師事。
89年、フランスに招聘され、ダニエル・ラリューの作品制作に参加。
94年、バニョレ振付賞本選に、"infrection"が選出されパリにて上演。
以後自らのカンパニー"rosy co."の設立と解散を経て、アフリカン・ダンス・カンパニー「ジャント・ビー(JANT-BI:セネガルの事実上の公用語・ウォロフ語で「太陽」の意/仏語での発音はジャン・ビ)」の振付プロジェクト(JANT-BI/Kota Production)に参加。
現在2004年完成予定の"RWANDA / Fagaala"の制作に取り組んでいる。
ジャンメイ・アコギー プロフィール
(Germaine Acogny:仏語の発音ではジェルメーヌ・アコニィ)
ダンス・カンパニー「ジャント・ビー」の主催者。おそらくコンテンポラリーダンス界で唯一注目されているアフリカン・ダンサー。フランスとセネガルのふたつの国籍を持つディレクター/振付家。
1982年までモーリス・ベジャールがダカールに設立したムードラ・アフリカ(Mudra Afrique)のディレクターを務める。ムードラ閉鎖後ブリュッセルに渡り、ベジャールとともに働く。平行して夫のHelmut Vogtとともに世界各国でアフリカン・ダンスのトレーニングを行って高い評価を獲得し、またフランスのトゥールーズに"Studio-Ecole-Ballet-Theatre of the Third World"を設立している。
1995年からセネガルに戻り、自ら立ち上げた"International Centre for Traditional and Contemporary African Dances"を根城に独自の活動を展開している。□■「ルワンダ」創作について■□ 山:今回の「ルワンダ」というテーマ(*注)ですけど、アフリカの中には、迫害という言葉がなかったらしいんですね。それで西洋人が入ったことによって、それぞれの民族と民族の関係が崩れて、戦争が起きるようになったのであって、西洋人が入らなければ、すごく幸せな……それぞれの民族がいい調和が保てた、と僕は思うんです。
向うもテーマがルワンダ。歴史書をもとにして、ルワンダをテーマに作品にしたいっていうことと、むこうも日本の側の迫害、アイヌのことなどよく知っていて。
セネガルのジャントビー側は、舞踏に対してすごい興味がありましてね。舞踏というものが、海外の本だと往々にして「第二次世界大戦があってそれから舞踏が生まれた」みたいな捉え方をしているので、すごく舞踏に対して興味があるようなんですね。(でも)舞踏ということを実現するようなことはそんなにしてなくて……。ジャントビー側は日本の舞踏をリサーチしたんだけど、大駱駝艦とかはピンとこなくて。
さらにリサーチした結果、山崎氏の名前が出てきたらしい。
"Fagaala"はウォロフ語で「虐殺」の意。(ちなみにセネガルという国名はウォロフ語で「我々の船」という意味。)
1994年、ルワンダではたった百日で少なくとも八〇万人(総人口の一割)が殺された。一命を取り留めたものの、一生消えない深刻な障害が残った者、組織的な大量レイプに遭った女性などを合わせると被害は計り知れない。
大虐殺の表面的構図は多数派のフツ人が加害者で、被害者側は少数派のツチ人ということになっている。しかし加害者の大半は一般市民で、蛮刀やバットを携え、隣人や顔見知り、ときには姻戚殺しに繰り出していった。
詳細は『ジェノサイドの丘〈上〉〈下〉―ルワンダ虐殺の隠された真実』(フィリップ・ゴーレイヴィッチ・著、柳下毅一郎・訳:WAVE出版)を参照のこと。
"Fagaala"はBoubacar Boris Diopの原作を元にしており、2003年現在、すでにプレミア公演が行われている。
*********山:やっぱり僕は、ウエーブ系のムーブメントが結構あるので。それは(アフリカ人と)共通項がありますよね。自分がだんだん年を取るにしたがって、点で精力的に空間を「ばっばっばっ」と埋めていくよりは、くねらせて、いろんな方向……もっとディレクションを考えた方向の方が向いているんじゃないかと思って。それでやっているうちに今に至っているんですけれど。
セネガルに行ったときに、彼らにとって「くねらせる」というのは、ひとつの基本なんですよね。それがもっといろんなディレクションを考えていく、というのか、広く捉えたかったらしくて。かれらは、僕のムーブメントに対してすごく願望というか……、「ワークショップを定期的にやってほしい」と言われて。うれしかったですね。そういう共通項があって。
―アフリカで、舞台芸術系の踊りやってる人は一部の層だと思いますが、舞踏の知名度はどれぐらいなんですか?
山:すごく高いですよね、舞踏は。オリジナルなものだからだと僕は思うんですけど。西欧のバレエとかモダンダンスとは、往々にして全部逆だし。そんな経過もあって、個人的に舞踏っぽいことを作品化しなくちゃいけないな、と思って、去年とか今年とかむこうに行ったんですよ。
―なるほど。ところでカンパニーの人たちは舞踏のことは、もう分かっていたんですか?
山:いえ。知らないですね。ですから僕のカンパニーがショーングしてみたんですが、静かなダンスに対してのものすごく興味があったらしいんです。僕も激しいシーンと静かなダンスの両方試して。激しさの中における静謐性というようなものの先の方が好きだったみたいで。
―舞台芸術系のダンスをしている人たちというのはどれぐらいいるんですか?
山:うーん。さあ。どうなんでしょうかねぇ。
振付の舞踊家はアフリカン・ダンスのエリートですよね。一方、現地のアフリカン・ダンスというのは、例えばニューヨークで教えているダンスよりもシンプルですよね。そういう意味で、一般的にアフリカン・ダンスはだれもが関わりやすいものでした。日常的に(人々は)結構アフリカン・ダンスをやっていて、そこから何か、アフリカンのトラデッシュなものではなく、コンテンポラリーなものを担おうする人たちが出て来ているのは事実だろうと思うんです。
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セネガルは国立の舞踊団や国立の学校を通してトラディショナルなダンサーを育てている。しかし彼らは伝統ダンスの踊り手で、バレエは踊れない。一方、ジャンメイ・アコギーはアフリカにとってのコンテンポラリーをつくりだそうとしている唯一の人である。彼女のthe International Centre for Traditional and Contemporary African Dancesは、山崎氏曰く「先進的な機関」で、二〇以上の国から集まったダンサ−たちに三ヶ月に及ぶアフリカン・ダンスのワークショップを開いたり、山崎氏とのプロジェクトのように異文化に属する振付家とのコラボレーションも積極的に行っている。
とはいえ、ジャンメイ自身は革新的な動きをつくりたいわけではなく、「現代的なテーマで作品をつくりたい」という意味で「コンテンポラリー」と言っているようだ。したがって、たとえば韓国の現代舞踊のように「バレエと伝統舞踊の動きを融合させる(あるいは組み合わせる)」といった試みはしていないようだ。
この点に関するセネガルの他のカンパニーの取り組み具合は、「言わずもがな」である。第三世界の国の作品は、西欧的な要素を加味しつつエキゾティズムを狙った作品が多い。テクニックはオリンピックの体操競技と見まごうばかりだが、どこか温泉の「ハワイアン・ショー」を見ているようでかなしい。
*********山:第一、(地元のダンス)フェスティバルのほとんどはアフリカン・ダンスだもんね。だからもっと(シーンを)展開させていきたいですね。
僕はインドネシアにも行っているんです。インドネシアにもコンテンポラリーはあるんですが、どこがコンテンポラリーか分かんなくて。ほとんど全部『マハーバーラタ』をコンテンポラリーにアレンジしていたんですが、トラディショナルダルスと全然変わんなくてね。それと同じような状況がアフリカにもありますよね。つまり「アフリカのコンテンポラリーダンスは結局は、トラディショナルダンスとほとんど変わんないじゃないか」というような。現地の人には違いが分かるのでしょうが、こっちからするとみんな同じように見えてしまうんです。
―たとえば、西アフリカには『スンジャタ物語』(注)という大変有名な話があって、以前、静岡のシアター・オリンピックにギニアのカンパニーが来たときに、『スンジャタ』の一場面をやったんですね。そういう風に「なんとか物語のなんとかの場面」という風にやるんですね。
山:そうですね。インドネシアが『マハーバーラタ』をやるように、ほとんど宗教との関係ですね。つまり、それしかストーリーがないのかな、と思いますね。自分たちでストーリーを作るということがあんまり。
―そもそもアフリカには演劇の伝統がないですよね。
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注:スンジャタ物語
マリ帝国(13〜15世紀)を一代で築いた英雄スンジャタ・ケイタの活躍を描く叙事詩。日本の『平家物語』のようにグリオ(楽器を持った語り部・楽士)が弦をつま弾きながら語り上げる。
*********―作品をつくる時はまず広太さんが踊ってきっかけ(ヒント)を与えてみせて、そこから作品を展開させていくんですね?
山:そうですね。プロジェクトとしては共同振付なんですが、ジャンメイはどちらかというと、ムーブメントをつくるタイプじゃなくて。まず人間の持っている感情、悲しみだったりとか喜び、愛だったりとか、死とか、あと誕生とかの課題をかれらに与えて、それに対して、彼らがどういう反応を起こすかという。そこからよいところをピックアップして、構築するタイプだと思うんですけれど。
それに対して僕の場合は、ダンサーと同等のレベルでかなり自分が動いて、自分の動きから、かれらがインスパイアされたものを、彼らに欠けているているものを掘り出していって、つくるという感じ。自分のダンスをちょっと試してみて、彼らが何をやりたいか、掴む。無理やりやったりとか、モダンダンスやったりとか、舞踏やったりとか、何かして。それと一人ひとりに即興のスコア(課題)を与えて。たとえば、「今ごはんの時間だよ」って言って、ご飯を食べ終わったら首の後ろとくるぶしと左のヒップを全部連動してある人が動いて、一方でそのとき自分がそばの人をサポートする。その後全員でゆっくり動いて、とか。課題を時間軸に沿ってならべていく。いろんなルールを与えます。で「この時間帯はルールを統一しようか」とか。あとは、一人ひとり人がスコアを書いて、自分から体系を与える。たとえば舞踏の体系とか。一方、かれらから(自発的に)即興でやってくれって(僕が頼んだり)。まあ、踊る間はダイレクトに、あるテーマをイメージで与えて。
演出自体はジャンメイがやり、ムーブメントは僕が担当するような雰囲気になるでしょう。あと、ジャンメイがやりたいことを僕が助けてあげる感じですかね。……ジャンメイは、物事を許容する。心がすごい広いというか、あんまりひとつのカテゴリーに囚われない。
―どっちが上で、どっちが下か、もしくは役割を決めないとあれですよね。
山:いや。僕は。いままで海外において仕事をした経験から、あんまりきっちりしなくても大丈夫ですよ。僕も結構、拘らない方ですから。許容範囲は広いですから。
◎トランス
―ハイチに二年住んでいた女の子が言っていたのですが、彼女はハイチとニューヨークのハイチ・コミュニティのダンスの両方を知っていて。彼女曰く、(アフロ・ハイチのダンスの)舞台では即興と振付とダンスの種類が二つあって、振付の時は普通のアフリカン・ダンスの動きなんですが、即興だと踊っている最中に本当にトランス状態になって飛んじゃうらしいんですよ。振付の時は絶対に(トランスに)入らないのですが、即興の時は入ってしまうことが多いと。
で、即興で踊っているとき、トランスに入ることが(ジャントビーでも)あるんですか?
山:ふーん。アフリカン・ダンスは即興が多いですよね。
……そうね。怖いのを作りたいよね。本当にトランスする人っていうのはそんなにいないでしょう。自分でエンタテイナーとして構築しているのが多いから。そこまで彼らはトランスになりやすいから、もっとそれを怖いぐらいに構築したいですね。「うわあ、来たぞ」みたいな、「うわぁ」というぐらいにね。
あと(黒人は)徹底してリズム踏むでしょう。それとセネガルの人たちのトラディショナルダンスでは、間に即興が入りますよね。その即興がすごーい破壊的ですよね。一番破壊的なところですよね。それはすごく出したいですよね。
やっぱりむこうの人がするようには、日本の人はトランスしませんよね。
―しませんね。日本の人はトランスしないですよね。(注)
例のハイチに二年行った彼女も「私はトランスしなかった」と。「あんたには何々がついているよ」と言われるんだけど、ふだんと変わりなかったらしいです。
別の人から聞いた話だと、普通の日本人はふだん踊らないじゃないですか。トランスっていうと「ウワーと踊っているときに、いつの間にか昂揚してきてなっちゃう」っていうイメージがあるけれど、実際は、ゴスペルなんかを歌っている時のほうが入りやすいみたいですね。
山:あとやっぱり、(トランスではないが)自分で自分が盛り上がってゆく雰囲気をさぁ、むこうの人は徹底していくからすごいよね。時間ととともに徹底して、「ガーッ」と向き合うという。一人になって自分で独特のものをつくりだそうというときもそうですけど、もう徹底して盛り上がって、ほんとうに。生きていることとダンスが一体ですね。「あるフレーズをやって」っていうと徹底して盛り上がりますね。これは凄いなぁ、と実感しますね。
(間)
舞踏のメソッドからインスパイアされて光る、かれらしか持っていない美しさが何かあるという気がするんですよ。それを作りたいな、と思うんですよ。
まあ、それがコンテンポラリーになるのか、アフリカンになるのか分からないけど、アフリカンのステップ、ムーブメントを展開させていきたいな、ということがありますね。それが彼らが持っているオリジナリティなんですから。かれらの持っている独特なコミュニティの雰囲気というものが、あるじゃないですか。「見たくないんだけれども、見ちゃうという」という。「おー、やってる」という。そこがアーティステックだと思うんですよね。
ほんと(山崎氏が自分で撮影した)ビデオ見ると分かるんですけれど、なんていうかなぁ、やっぱり動物というかね。「わたしとあなたは違います」という西洋的な感じじゃなくてさぁ、「私はここにいます」っていうメッセージじゃなくて。ちょとね、インドネシアに似ているんです。なぜかっていうと、インドネシアというのはいっぱい島を抱えています。それはアフリカに近いところがあって、だからコミュニティのあり方がやさしくなる。普通だったらあなたと私、この民族とこの民族が違えば戦争が起きるんだけれども、戦争が起きないコミュニティーというのを持ってますよね。それがアフリカにもあるような気がする。村同士で戦争が起こらない。他を受け入れる優しい感じがある。それは共通しています。
*********
注:日本の人はトランスしませんよ
=この原稿を書いているとき思いだしたが、筆者が<天使館>に通っていたころ、T君といういつも稽古の度にトランスする名物男がいた。かれは今は、映像関係の活動をしているらしい。
*********◎音
―アフリカン・ダンスというと<太鼓とダンサーの関係性>が重要だと思うんですが、(ジャントビーでは)音楽とダンスの関係というのはどうなんでしょうか?
山:ジャンメイが(音を)与えて踊りますよね。そのときに「すごいなぁ」と思ったのは、いつもいるミュージシャンが一人いて、その村に住んでいる人なんですが、抽象的な音をいっぱい出せるんですよね。ただ単純に太鼓を叩いたりとか、変則的な叩き方もできるし、コンテンポラリー的な音も出せる。これでこんな抽象的な音が出せるんだな、ということに驚いたかな。普段の稽古は、ほとんどミュージシャンを変えずにその人が担当してました。
それで今回のプロジェクトは、まずバイオリニストからアフリカンと西洋を結び付けたいと、僕は思うんですよ。すごく強靭なリズムステップと、逆にすごく美しいメロディ(の組み合わせ)をやったら結構いいんじゃないか、というのがあるんですよ。
あと音として、やっぱり太鼓。さっき言ったように、いろんな音が出せるミュージシャンとすごく大きい太鼓。たとえば「鼓童」が使っているような。そういう楽器とミュージシャン。
土方さん(*)が晩年、『風神雷神』をやりたいと、ちらっと言ったことがあったんですね。そのときに土方さんは、「延々と何メートルも雪を降らせてその中でダンサーを踊らせて、一方ミュージシャンを宙吊りにさせて音をやる」ようなことを言っていたんです。(思いついたように)あっ!土方さんの影響ではないんですけれども、音楽家を宙吊りにしたいですね。宙吊りにして音を出してもらう。一方、ダンサーは床の上で、中腰で。このあいだの夜(『アフリカの夜』の終盤ステージで)やったような、べぇーと下にうごめいているような、そういう。一方、ミュージシャンは中吊り。
違ったものをちょっと角度を変えて構築する(ディスコンストラクションする)ことって往々にしてあるじゃないですか。例えば、シアター・コクーンで(2001年に『Cholon(ショロン)』を)やったときに、床にアルミを敷いてその光の中で、あえて日常的なことをやった。そのはずしですよね。そのはずし具合をもっとダイレクトにできるような空間を(やりたいな、と)。つまりまったく違う音を使った超強靱なダンスと逆に音を使うよりは一回大人しく踊るのと、音を自分に向けてダンサーが音に近づくダンス。もっとどんどん下に行くとか。そういうコントラクティブなあり方を、もっと横断的に。違うものと違うものを(ぶつける)。それを全員でやりたいな、と(*参考)。
それが何なのかというのもひとつのテーマであるし、例えば、ルワンダという今回のテーマであるし、どうして戦争が起こったのかということでもあるし、訊きたいな、と。でもちがうもの同士、せっかく生命として、身体としていければ。すごく嫌いなもの、身体として一番衰えてるもの、それが一体何なのかなと。逆にそこから生命的なダンスをぶつけたいっていうか。ぶつけることで関係性の出るすごくダイナミックなものがあるんじゃないかという気がしてる。
それを探していて、例えば今回の『アフリカの夜』のような天井も高くてアメリカっぽい無味乾燥の空間とそれからかけ離れたもの(犬や十代の女の子のような生命に満ちあふれたものの組み合わせ)、その辺の関係性というものが、ダイナミックに。この間の『アフリカの夜』とはまったくちがったものを。両極端っていう。
―音の方は西洋音楽的ということですか? (西洋とアフリカの折衷音楽である)ジャズっぽいということではなくて?
山:ほとんどアフリカン。じゃんじゃんじゃんとね。ただコンピューターも必要な気がしますね。音楽はジャンメイがやるからまだ分からないけど。
衣装もね、例えばさ、ヨウジ・ヤマモト……Y'sとかY's for Menに話を持ちかければ、絶対乗るしね。アフリカン・ダンサーにY'sの衣装となれば、逆に、ああいった衣装というのはすごく合うんですよね。(ジャンメイに)提案したんですけれどもね。そしたら日本でも話題になるし、マスコミもいっぱい取り上げるしね、お客さんもいっぱい来るし、と思ったんですが、セネガル・サイドの希望としては、むこうのデザイナーとやりたいということなんで、僕もサポートしますけれども。どうなるか分かりませんが。
あと黒人って上半身すごくきれいですよね。下半身は僕、だめだなぁ。言い方は悪いけど。足を高く上げたり、というのは。ジャンメイは、服を脱がさないアフリカンのダンスをしたいと言っているんです。ダンスはやはり西洋人が持っていったもの。(アフリカ人の)上半身が持っている美しさを表現させてあげたいよね。ジャンメイが服を脱がさないって言うのは、逆に変なコンプレックスじゃないかな。
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*注:土方巽(1928〜86)
本名=米山九日生(くにお)。舞踏の祖。「舞踏とは命がけで突っ立つ死体である」という言葉は有名。*参考:<山崎の「ハイパーバラッド」は、建築家の伊藤豊雄が美術を担当している。舞台後方は半円形の銀幕、床はアルミニウムだ。そのがらんどうの空間で、山崎自身を含め、十三人のダンサーが超高速のダンスを繰り広げる。ダンサーのなかには、木佐貫邦子のようなベテランや、クラシック・バレエの島田衣子が混じっている。山崎のダンスのスタイルは、まさにハイパーアクティヴ。
これまで山崎の振付の評価は彼自身のダンスへの評価に比べると低かったが、今回は「合わせたり、ずらしたり」という構成に腐心していることがよくわかった。>(『日経新聞01/3/15』より)
建築家の伊藤豊雄氏とは『Cholon(ショロン)』でもコラボレイトしている。
*********◎身体のちがい
―身体の違いについてもお訊きしたいんですが。
日本や東洋の身体文化というのは、丹田中心の腰腹文化じゃないですか。西洋は、バレエなんかだとこの辺(鳩尾のすぐした辺り)中心じゃないですか。最近立てた僕の仮説として、アフリカの身体文化は頭中心じゃないか、と思ってて。
山:へーえ。どうして頭なんですか。
―どうしてかというと、例えば昔の日本人というのは、「心はどこにありますか?」というと心臓じゃないですか。アフリカ人は(昔から)頭なんですね。物を運ぶ時に、日本だと背負ったり、手で提げ持ったりしますよね。でもむこうは、赤ん坊は背負いますが、基本的に頭に載せるじゃないですか。あと地方によって違うんですが、ナイジェリアだと頭をすごい大事にしてて、小さい子どもでも冗談で頭を叩いたりすると、ものすごく怒るとか。それぐらい頭を大切にするというのがあって。髪型もすごく凝るじゃないですか。それはおしゃれ好きというのも大きいんですが、キレイな髪型にしていると幸せになれるという考え方があって。そういう風に頭にまつわる話が多いからそうじゃないかと思っているんですが(*注)。
それから歩き方も、黒人は頭で吊って上下に揺れるような歩き方をするじゃないですか。アフリカン・ダンスをやってても、頭の話は言われませんけど。
山:女性だったら結構(頭を)使いますよね。男性はあんまり。振り回すのも女性は得意ですよね。やわらかくて。身体性は、もう全然違いますね。
下半身が異常に強いですよね。あと手が長いですよね。猿みたいで、みんな。それとセネガルの人たちがダンスで醸し出す独特の雰囲気というのは言葉にならないんですが、なんていうかな。例えば、彼らにインプロビゼーションさせますね。そうするとよく分かるんですが、ある種動物的な、動物の匂いがするような……言い方は悪いんですけど……そういうものが伝わってきますね。動物的な匂い感覚。
それから彼らはコミュニケーションをすごく大切にするかもしれません。
*********
身体の器官の中でも頭をとくに重要視する伝統は、カリブ海の黒人の間にも受け継がれている。たとえばキューバの信仰「サンテリア」では、頭には「オリ」という神様が宿っていることになっている。
*********◎一人になるのを怖がる
―コミュニケーションの話が出ましたが、むこうにも以心伝心のような、西洋のように一々議論しなくても、仲間内で分かり合えるような暗黙の了解とか、あるんですか?
山:それは、僕もちょっと分からないですね。
ただ……舞踏だと自分の内側に籠もってそこからエネルギーを見つけてくるんですが、自分がワークショップやったときの感じだと、(アフリカ人は)一人になることがすごく怖いらしいんですよね。置き去りにされることが。その辺の感覚がまったく違っていて。都会だったら選択するものがいっぱいあるから、一人になったりとか、必要に応じて自分の内側から思うのでしょうが、あそこ(山崎氏の滞在していた村。セネガルの首都ダカールから40キロ離れた海沿いの村)の場合はいろいろ選択するものはないし、<絶えず人とのコミュニケーションで動いていく>っていうのが基本的にはあるみたいです。コミュニケーションのあり方は、草食動物のように群れをつくって行動しているような感じがありますね。
それから<一人になるということは、死に向かうこと>というか。ですから「死」というものに対しての捉え方が間近にある。自分が一人になったとき、日本人はそれほど死を意識しないですが、彼らにとって一人になるっていうことはすごく「死に向かう」、そういう気持ちになるみたいですね。
ですから、あんまり仲間はずれとか、そういう考え方がないんです。いじめとかあんまりないように思いますね。仲がいいです。馴れ馴れしいですよ、むこうの人って。純粋で、いろんなことに興味を持つし。田舎といえば田舎なんでしょうけど。
また身体の話に戻ると、中腰の姿勢が異常に強い。それと例えば「あなたは猿やってください」「あなたはライオン」「動物のようなことをして」と言うと、すごく上手いですね。それは野生っていうか、動物的な部分っていうか。
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