■文化の“自治”

 高松平蔵<在独ジャーナリスト>

 毎年、私が住んでいるエアランゲン市の文化局が「カルチャー・ダイアローグ」という催しを行う。その名のとおり、文化に関するダイアローグ(対話)の場だ。文化に関心のある人は誰でも参加できるというものだが、市内の文化施設関係者やNPO、アーティストの参加が多い。加えて地元大学の文化関係の学部の学生や文化を専門にしている市会議員などの姿も見える。
 これは3年前から行われているもので今年も3月に行われた。参加者は約150人。朝9時半から夕方5時までたっぷり行われる。ドイツ人の特徴として「議論好き」ということがよく挙げられるが、それは遺憾なく発揮される。まずは市の文化局の責任者が概況をはなし、専門家の講演とパネリスト数人によるパネルディスカッションが行われる。そして5つほどの分科会に分かれて討議。その後、各分科会がプレゼンテーションをする。
 毎年テーマも決まっていて、なかなか興味深い。昨年は「文化は(街にとって)どのぐらい必要か」というものだった。この背景には文化の活動が増加傾向にあることや、自治体の財政難から文化予算が限られてくるといったことがあるのだが、それにしてもこのテーマなどはドイツらしさを感じるテーマである。
 なぜならば、役所の中にきちんと文化局があり、文化を専門にしている政治家がいて、街の中にはリビングスタンダードという位置付けで劇場やミュージアムがある。それ以外にもNPOによる文化施設もあるし、地元紙には文化を専門にした地元の記者が書いている。地元の銀行や企業はメセナ企業として、絶えずフライヤーやチケットの裏にロゴなどが入っている。文化が街の中で政治、経済、報道と並列につながっているため、「わが街の文化の状況」ということが明確に浮かび上がってくるのだ。昨年はパネリストには商工会議所の代表がまじっていたりしたのも面白い。
 今年のテーマは「観客と何を始めるか」だった。ボンの研究機関の専門家からは、若者と中高年の文化への嗜好をマーケティング調査のごとくグラフをふんだんにつかったプレゼンテーションがあり、参加者からは質問が次々と出てくる。分科会のテーマも「芸術と文化は本当に“皆”のものか」と市内の在住外国人に的を当てたり、マーケティングと立地の見地から観客獲得の議論が行われた。
 それにしても、この催しの値打ちとは「小さな革新」が行われることだと思う。たとえば、2年ごとに行われる人形系のパフォーマンス・フェスティバルに地元のアーティストをもう少し増やすようにしたとか、その程度のことだが、ある程度の良好な状況が出来上がっている中で大きな革新はなかなか難しい。ただ1日中話しあうことで、なんらかの課題が浮かびあがり、できる範囲で解決していく。距離をおいて見ると、この長い1日は街の人たちが自分たちで考え抜いていくプロセスのようにすら見えてくる。このエアランゲン市は人口約10万人。生駒市や池田市、あるいは伊賀市ぐらいの規模である。自治体の「自治」というのは、文化においても、このように展開されるべきだと思えてならない。

P.A.N.通信 Vol.56掲載