■踊りまわり(26)−50歳になれば−
小暮宣雄<京都橘女子大学教員>
自分がいざ40歳になったとき、はたと困った。管理職手当てがつきだして、当初からぎくしゃくしていた組織と私との不具合が露呈し出す。肩書きと自意識のずれ、草臥れたスーツ姿のおっさんが立ち読みしている姿をたまたま本屋の鏡に見たとき、これが自分だと思えなかった。解離したセルフ像。その後遺症は尾を引いた。歪み出す口。眼の周りのシミ。これからどんな顔をして街を歩けばいいのだろう。何より、この薄くなった髪はどうしたら恥ずかしくなく頭部に貼り付けられるのだろう。
外見は丸坊主で一応解決した。ネクタイを締めないという選択で自分の退路をなくしていった。が、はじめてコンテンポラリーダンスを紹介してくれた人に、「こぐれさんにとって、アートとは何ですか」と聞かれてたじろいだ。「地域に必要な自立する市民を開放するためにある、地域自治体が主体とする芸術文化環境政策」という論理は組織のために何とか構築してはいたが、アーツとセルフを個のままで向かい合わすことを避けていた。彼女に聞かれて、はじめて自身に向かい合っていなかったことを恥じた。すでに自分自身によって使う言葉がなくなっていた。
4年前にいまの大学が拾ってくれたので、23年間の公務員暮らしをやめることができた。が、やはり、組織というのは組織の運動があり個人とうまくマッチなどするわけがない。もういまさら組織に期待することはできない。それでも、大きな組織から中程度の組織に移ってちょっとは気持ちが楽になったようには思う。他方、たまたま出会った学生なのだから、その教学ということでは私のライフワークと関わることが出来るはずはなく、譲歩して何らかのサービスを相手の要望水準で最低限果していくことが、生活の糧となるだけである。いろいろそれなりにやっているが、無理はさせられないのがいまどきのひ弱な学生たちである。そのことだけは十分に分かってきた。
さて、6月で50歳。あと、10年は生活の糧を得ることが必要である。組織から自由になることなど到底出来ない。へばりつくしかないのである。その組織だっていつまで持つかどうか。人口減少がはじまる日本で安泰な組織などどこにも存在しない。だから、組織存続のための実績作り、学生へもそれなりのサービス。結構まあ主観的にはよくやっているほうだと思っているが、これからもまた、妥協もヨイショもして、組織と学生たちにそれなりには奉仕しなければならない。
でも、もう少し、40歳代よりは、自由に生きようとも思う。もう自分の心身に対してケアをし、気を使う時期だ。50歳から出来ること。これは、まだまだ自信がないのだが、何らかのダンスを本気で学びたい。50歳からの男のバレエなんていってみたりもした。
ダンスでなくてもいい。体のありようについて。歩き方について。3/20に、富田林の旧杉山さんちで、「武術・生活・カラダ」というサロンに参加した。石田泰史さんのナビゲート。ここの中庭や家そのものにも惹かれたが、小武術についての入門の入門、それだけでも、いたく感激してしまう。お家に帰ってからもひとしきり、正座で座ったり、そこからすっと立ち上がったりしてみた。女房と護身術を試しても見た。お箸をすっと取り出すための重心移動だけで、気持ちが安定する世界に惹かれる。P.A.N.通信 Vol.56掲載