■発光体としての黒衣
小林昌廣 <京都造形芸術大学教員>
「闇があるから光がある。」誰でも云いそうな表現だが、箴言としては小林多喜二の日記にあった。20代前半の若き多喜二にとって反政府的な活動を文学によって表現することは「闇」以外のなにものでもなかった。だが、やがてそこにも光が当る。だから、日記も「闇から出てきた人こそ一番本当の光のありがたさがわかるんだ」と続けている。
だが、闇に徹し、決して光の当る場へとその姿を現わすことのない存在もいる。
黒衣(くろご)である。
歌舞伎を始めとするあらゆる舞台芸術において活躍する黒衣。彼らは闇を生きることで、光(役者)たちをより際立たせる。「闇があるから光がある」。そんな不遜な考えすらも抱かない。闇である黒衣は、舞台上において肉体ばかりでなくその思想も闇のなかに紛れてしまうからだ。
フィリップ・ジャンティ・カンパニーの新作『バニッシング・ポイント』を観た。例によってひとつの場所、ひとつの時代、ひとつの時間に定住することのできない人間たちの物語だが、今までの作品に較べても、その規模や舞台技術において圧倒的な強度をもちえていた。光と闇、柔と硬、男と女、大と小、人間と人形、緩と急…。あらゆる対立的な様相がそこではめまぐるしく発生している。最初は胡散臭いと感じた日本語で吐かれた「哲学的」な言説も、パフォーマーとそのミニチュアが光と闇のなかで織りなすドラマへと吸収され、ダンスやパフォーマンスになぜコトバを使わなければならないかというシンプルだが重要な問いを溶融させる。
逆にコトバがいかに平坦なものかを思い知らされるのだ。パフォーマーたちはあらゆる縮尺で舞台に出現する。それは全身が均等に小さくなるばかりでなく、首だけが不気味にだがコミカルに縮小したり、さらには首だけになる。そして巨大な脳に喰われてもしまう。その縮尺の変幻を目にしていると、言語とは等身大なものなのだと強く印象づけられるのである。
こうした舞台を可能にしているのは、スピーディで手際のいいパフォーマーたちだけでなく、人形を扱い、空間を歪ませ、巨大なオブジェ(これも歌い、人を喰らう生物的存在だが)を一瞬で消失させてしまうスタッフ=黒衣たちの存在なのだ。カーテンコールでは、彼らもまた舞台上に黒い作業着のまま登場し、恥ずかしそうに挨拶をするが、光を浴びた黒衣たちはとても人間的だが、ぶざまで落ち着きがなかった。
この舞台を観たのと同じ時期に、NHKアーカイヴで『影の名優』(1963)というドキュメンタリーを観た。十七世市村羽左衛門の後見を長く勤め、のちにはタテ師として活躍し、国立劇場の歌舞伎研修生の教員として七十七歳の生涯を終えた坂東八重之助の奮闘ぶりを描いたものである。むろん、黒衣がテレビジョンでその姿を公開すること自体が矛盾しているのだから、八重之助は番組に出演することを厭がっただろう。しかし、東京オリンピックの前年において歌舞伎はすでにその独特の古典性と閉鎖性とを失いつつあった。古くなっていらなくなったものと一緒に、古いけれども大切に繋ぐものまでが切り捨てられてしまったのだ。
だから、八重之助はその大切な何かを遺し、伝えるためにこの番組に出演したのではないか、そういう憶測もなりたつだろう。その意味では、この『影の名優』という番組そのものが、歌舞伎の伝統における黒衣的な存在として、こうして40年後にも命脈を保っているのだろう。黒衣の伝統、黒衣の精神の継承である。
見えない存在は、見てはならない存在というわけではないが、見えても「見ぬフリ」をする存在である。闇のなかで、闇以上に影となって光をより明瞭にする黒衣は、じつは自身が光る眼をもった存在だ。彼らは舞台を、役者を、そして観客を見つめ続ける。自分自身は決して見られないように振舞いながら、すべての世界を見ることのできる超越的な連中なのだ。もちろん、その超越性もまた目映い照明のもとで不可視の実在と化してしまうのだが。P.A.N.通信 Vol.54掲載