■踊りまわり(24)−葬送のアーツ−

 小暮宣雄<京都橘女子大学教員>

 親父が金曜日未明亡くなって、週末にはとつぜん喪主となり、葬式をとりおこなった。そのあと10日ほどして、すでに予定されていたからではあるが、家族展(女房の版画と娘のPAなしの唄)のようなものを西陣ファクトリーGARDENで1日だけ行った。こぐれカフェ&ナイト『いつの間にか、そこに居た』。行ける足腰でもなかったのに、生前、親父が行きたいなあと珍しくお袋につぶやいていた企画であった。わたしは、親密圏(市民的古典的なそれと、セクスレスの新しい親密圏)とアーツ、とりわけ限界芸術との関係を「紙芝居レクチュア」という触れ込みで話した。
ところが娘はなは、祖父の死の傍らではじめて「人間が骨から出来ていることを知った」とライブMCでつぶやき、「いまそこにいらっしゃるみなさんが白い骨に見えるのです」と言った。改めて、死とそれに関わる儀式―特に遺体の唇に緑葉で水を湿らせる末期の水や、火葬場での骨上げ=拾骨の儀礼が与える影響力を思い知った。葬送が、故人の弔いであるとともに、物理的な遺体と向き合うなかで、人間存在についての本源的な学習の場であることを確認したのである。
 喪中にもかかわらず、そのあと、ばたばたとした毎日が何もなかったかのように繰り返される。だが、偶然、親父が生まれたエリアの近くに2度も仕事で行くことになったりして、祖母の死以来、真正面から「二人称の死」に向かい合ったことがほとんどなかったわたしは、ずいぶんと葬送についての研究が表面的だったことに気づかされて毎日を過ごしている。
 もちろん、仏教を中心とする宗教による葬儀式とは別に、さまざまな限界芸術―つまり暮らしとアーツとの縁にある、いまの私たちにとっては未開拓な芸術領域―からなる告別式の個性化については、両立するものだと思うし、ますますこれから自分らしい葬式を生前に準備することは大切なことだと思っている。仏の弟子になるためにある戒名のこと、枕経の政治的意味など、すでに少しは勉強してきていたつもりだ(なお葬儀者については、限界芸術家というよりもコミュニティビジネス的応用芸術家というとらえ方を模索中)。また葬式仏教でいいのかという誠実な仏教者の行動にはいつも敬服している。
しかしである。葬儀における読経では、声の力、鉦の音などと共に、僧侶の身体、背中の大きさがわたしの支えになった。そこにそうして座って死に向き合ってもらえている安堵感。つまり、グリーフワーク―喪失の哀しみと向き合い、それを受容するまでの長い過程―としての読経はじめ伝統的な宗教儀礼・習俗文化の価値もまた身にしみたのだった。真言宗なので、身体の動きも、結界を作ったりして、アクティブである。初七日の法要のあと、お坊さんが「今日は子どもたちまでもが聞いてくれたこともあって、経文が壁を突き抜け、ずいぶん向こうのほうまでいった」と言う。届ける気持ちのベクトルがうまく合成されたのであろう。
ダンスなど実演芸術のステージでは、演者と観者が向かい合う。しかし、限界芸術的ステージでは、演者もそこに立ち会う者たちも同じ方向、つまり彼岸へと眼差し、手向けるのである。そういうことを、いままさにこの家族として行った葬送やこれからも続く法事からじかに教えてもらう日々を送っていく。まことに、ありがたい。

P.A.N.通信 Vol.54掲載