■日本人の身体、とは?

 小林昌廣 <京都造形芸術大学教員>

勤務先の大学で「日本芸能史」という講義科目があって、先日は上方舞・山村流の六世宗家である山村若に来ていただいた。
しばしば舞台で観ることのできる『越後獅子』を、地唄と長唄のふたつのバージョンで舞い分けてくれたのは圧巻であり、恐らく日本舞踊史上に残る内容であったと断言できる。
しかし、今回はその『越後獅子』のことではなく、家元が二回ほど発した<日本人の身体>というコトバについて考えてみたいのである。
家元は、宝塚市のある高校で長いこと地唄舞を教えている。週一回50分程度のカリキュラムであるが、それほど強い拒絶反応や虚無感は見られないと云う。そして、家元はまず日本舞踊を教える前に、みんな同じ日本人の身体をもっているのだから、そこから踊りをスタートさせればよい、といったことを云うそうだ。
日本舞踊や古典芸能の講義をしていて、学生や聴衆から感じる「反応」のひとつがそれなのである。いま生きている自分たちの身体からは遠く隔たったところにある身体、というイメージないし強迫観念がほとんどアプリオリに植えつけられているのである。 
この種の反応は、じつはコンテンポラリーダンスであろうがクラシックバレエであろうが、同じように起こることもある。だから、身体表現を学ぶ時にある程度は等しく生じる感覚なのかもしれない。しかし、古典芸能においてはより一層それが強い。
けれども家元は、いまここにある身体と何ら変わることはないし、共通しているのは日本人の身体だと云われるのである。
正直なところ、これは教育上のひとつのレトリックであろうと思っていた。だが、講義が終わって、たまたま一人の学生が長唄の『勧進帳』をBGMにしてコンテンポラリーダンスを踊っているシーンに出くわしたとき、家元はまた同じようなことを云われた。「やっぱり日本人の身体なんだ」と。
『勧進帳』をバックに踊った学生は、日本舞踊によって表現したわけではない。だが、動きと動きのあいだで少しだけ止まるところ(歌舞伎であれば極まるところ、と云うだろう)、手先や足先がスッとのびた姿勢などは、確かにコンテンポラリーダンスの身体ではなく、日本舞踊的な身体、つまりは日本人の身体に見える。
批評家の武智鉄二が、舞踊の名人であった八代目坂東三津五郎と対談したとき、舞踊における「腰が入る」と「腰を落とす」との違いについて語っている箇所がある(『芸十夜』、1972)。それもまた日本人固有の身体を如何にして表現するかという問題に関わってくる手合のものである。
あるいは土方巽は「日本人の肉体というのは独特の空間をもっていて、犯されにくいんですね。たとえば、ガニマタは足の間に空間をもっている」と云う。土方は、ガニマタを「入り江」とも表現する。これもまた日本人の身体であろう。入り江や湾をガニマタと重ねる土方の眼には、日本列島を一個の肉体と捉えているような広がりと狡猾さを感じないではいられない。
国際化、ボーダレス、グローバリズムと喧伝され、身体にはいよいよ国境はなくなっているだろう。そのことは歓迎したい。だが、だからこそ、日本人固有の身体というものに固執してみたいとも思うのである。すべて、というわけではないが、海外のカンパニーに所属している日本人ダンサーが、他の西洋人ダンサーとはどこか違った身体のかたちや動きをしているところを眼にすることがある。それを全部日本人の身体だ、と云うつもりはないが、その差異が無くなるところにはダンサーという個人が存在しなくなる。それは果たしてダンスと呼べるのだろうか。
医学哲学者の中川米造は「身体だけなら機械でしょ、精神だけなら幽霊でしょ」と云って、心身二元論の超克を目指していた。機械にも幽霊にもならなければいけないダンサーであろうが、決して消し去ることのできない日本人の身体というものがあるのではないかと思う。
その意味では、徹底して日本人の身体を押し出す日本舞踊はもっとも普遍的な身体表現であると、云えるのである。

P.A.N.通信 Vol.53掲載