■映画のなかの土方巽
小林昌廣 <京都造形芸術大学教員>
黒木和雄監督作品『日本の悪霊』を観た。ヤクザの親分が出所してきた祝いの席上、兄弟分の佐藤慶が乾杯の挨拶をする。「70年です。簡単にいきましょう」と云って、「乾杯」を唱和する。
乾杯のコトバを唱和したと云うよりも、70年という昭和。大阪万博が開催され三島由紀夫が自死した昭和45年という時代が背景になっている。学生運動において暗い過去をもつインテリヤクザと真面目だけが取り柄の警部補がたまたま瓜二つであったことから生じる不条理を描いた「芸術ヤクザ映画」である。
佐藤慶の見事な二役ぶりや、早稲田小劇場のヒロイン高橋美智子の柔らかな存在感、観世榮夫のオトボケ警察署長ぶり、突如として弾き語りの姿を現わす岡林信康など、見所も多いが、この作品には土方巽が登場している。
役どころは左翼系学生たちの破壊活動のリーダーということにはなっているが、着崩した和服に地下足袋を履き、髭と長い髪の毛の先にまで神経を走らせた土方は、インテリヤクザの周囲を亡霊のように(否、こんなに存在感のある亡霊などいないだろう!)出没する。最初はナマコ壁の傍に佇んでいる場面で、次のカットではまるで壁のなかへと吸い込まれていくように消失してしまう。カラダからではなく、ギョロリとしたあの眼をまず壁へと移動させることで、あとからカラダが眼を追っかけるような動きがそこでは見られる。
あるいは『肉体の叛乱』の時の少女のような格好で、つまり花柄のワンピース、白いソックスで、左右で髪をくくった姿でアスファルトの道を鋭敏な昆虫のように這って消えるシーンもある。この姿は「二人の佐藤慶」を好きになるラーメン店の娘(高橋美智子)のコスチュームでもある。
土方巽と日本映画の関係は、観世榮夫と日本映画の関係ほどではないにせよ、大いに論を展開すべきテーマであるから、ここではその超重要性だけを指摘するにとどめる。
ただ、映画論じみたことを云えば、70年代の学生運動はすでに50年代とも60年代とも違ったものになっているので、活動家たちのリーダーというイメージも実際も変貌しているであろうから、土方のようなリーダーがいてもいいだろうという解釈も成り立つだろう。だが同時に、今は侠客となった元活動家にとって、自分の半生を決定づけてしまった存在でもある。だから、終始不気味で理解不能な代物として出現するし、自分に一番近いはずのラーメン屋の娘の姿も借りて登場するのである。
『日本の悪霊』は決してわかりやすい映画ではない。観念的であり不条理であり、放埓であり現実的である。監督の黒木が如何なる意図で土方を起用したのかは不明だが、70年代という新しい時代に突入した日本や日本人が抱える古くて新しい問題を、映画の進行とはまったく無関係に登場する岡林信康や、映画のなかでつねに影でありながらその存在を明滅しつづける土方巽の姿を通して告発したかったのではないだろうか。
思うに、映画作家たちは土方の扱いにあぐねていたきらいがある。篠田正浩の『卑弥呼』(1974)では、卑弥呼暗殺に関わる呪術者集団の長として冒頭から最後まで登場し、小川紳介の『1000年刻みの日時計 牧野村物語』では粗末な祠の石仏を守る男ヨキを演じている。土方の肉体や言語の饒舌さではなく、土方とその背後(?)を覆っているであろう暗黒舞踏への「神秘的」なイメージに忠実に従って映画作りがなされてしまっている。
それが悪いとは云わないが、たとえば中平康の『闇の中の魑魅魍魎』(1971)で、麿赤兒扮する絵金の友人として巨大なマグロをぶらさげて登場する漁師役の土方などは、どこにも神秘性など帯びていないが、神秘性なるものの近傍にある祝祭性の毒を十分に吐いている。
映画と舞踏家。このテーマにもっとも近い領域で評価できるのは、『陰陽師T』『陰陽師U』の野村萬斎だろう。ただし、国営放送のこども番組にも出演しているところが土方とは異なっているところだろう。P.A.N.通信 Vol.52掲載