■地域経済とアート・フェスティバル

 高松平蔵<在独ジャーナリスト>

 欧州の夏はフェスティバルの季節だ。私が住むドイツ地方都市、エアランゲンでは毎年7月に行われるダンス・パフォーマンス系のフェスティバル「ARENA」がある。今年で14回目だ。地元のエアランゲン大学でカルチャーマネジメントを学ぶ学生たちによって始められたもので、毎年、その年ごとに構成される学生チームによって運営される。ドイツ国外からカンパニーがやってきたり、共同制作のプロジェクト方式の作品が行われる。以前、イデビアン・クルーが参加したこともある。
いつも感心させられると同時に、うらやましく思うのはフェスティバルが街のお祭りとしてきちんと成立していることだ。これはどういうことかといえば、文化の地産地消的な動きの中で開催されているということ。まず表面的なことをいえば、オープニングには街の文化大臣然とした文化の責任者をはじめ、劇場のサポートNPOなどが顔をそろえる。劇場サポートといってもメンバーに名士が多い。そんな顔ぶれでシャンペン片手に談笑が行われるのだ。カンヌやオスカーで報じられるスターや名士の集まりを想像していただきたい。大げさにいえばあれを10万人のこの小さな街でやるわけだ。
 実務の話をすると、運営面では劇場や大学などもサポートするが、カネについては行政や地元の企業の支援でこのフェスティバルは成り立っている。ドイツは職住近接というスタイルが主流だから、観客にはスポンサー企業に勤務している地元の住民もくる。それから企業からの営業税は市の大きな財源になる。だから企業誘致や企業育成は市の大切な仕事だ。そして企業の社員=住民のための生活の質を高める文化や教育の充実が必要になってくる。つまり劇場はもちろん、フェスティバルはなんとしても必要なのだ。
 さらに発行部数3万部の地元の新聞がある。学生を除けば、街の大部分の世帯が購読していることになる。市の政治から経済まであらゆることをカバーし、文化情報も豊富だ。フェスティバルについては公演の批評記事が載りほか、運営などについての話などもある。そんな記事を街の人たちは目にする。報道が文化の地産地消を促進する。ドイツは「地方分権」の国なのだが、地方都市が持つ結晶性の高さとでもいうようなものが見えてくるというものである。学生主流のフェスティバルといえども街にとってひとつの顔になってくるのも頷ける。
 ただ、残念なことは、地元の企業からのサポートが減ってきているということだ。オープニングでは「ARENAは継続すべきフェスティバルだが、スポンサーが残るかどうかが問題だ」という話が出た。企業や銀行、財団など柱になるスポンサーがいるのだが、来年も同程度の支援ができるかどうか見通しはよくない。
 どこかの国と同様、ドイツも景気は悪い。さらに営業税にまつわる税制が数年前にかわり、各自治体は財政難。ただ、エアランゲン市はここ数年、医療関係に絞ったハイテク関係の企業育成を行っている。大学があることなど、産学交流が容易な特長を生かした経済戦略だ。こうした動きが、再び充実した文化の地産地消につながればと思う。
市の劇場で行われたARENA04のオープニング。

P.A.N.通信 Vol.52掲載