■2002年の演劇ベストアクト/私が選ぶ10の舞台
中西 理<演劇コラムニスト>
★維新派「カンカラ」★シベリア少女鉄道「耳をすませば」★ベトナムからの笑い声「ハヤシスタイル」★ク・ナウカ「欲望という名の電車」★ポかリン記憶舎「畳屋の女たち」★ポツドール「男の夢★五反田団「動物大集会」★深津篤史プロデュース「カラカラ トートの書」連作★桃唄309「ダイビングサンダー」(こまばアゴラ劇場)★上海太郎舞踏公司「OPEf」(順不同)
私のこの1本は維新派が岡山・犬島で上演した「カンカラ」である。船で会場に向かわねばならないという特殊なロケーション。会場となった銅鋳造所跡地の奇異なランドスケープ。そこで上演された舞台の総合的な完成度の高さ。死者への鎮魂として捧げられた作品への作演出、松本雄吉の思い。ここでしか味わえない体験が出来た得がたい幸福に感謝したい。
若手劇団では東京のシベリア少女鉄道、関西のベトナムからの笑い声の舞台が目についた。演劇はなにかを表現するものであると考えている観客を完全に愚弄するような究極の「騙し絵演劇」をつくり呆然とさせたのが「耳をすませば」。別々に演じられた3つの場面が同時に上演され、その台詞が重なりあうとそこからアニメ「アルプスの少女ハイジ」のアフレコが浮かび上がってくるという離れ業に挑戦。意味はないけど非常に実現は困難という究極の「お馬鹿」をヤリ抜いてみせた土屋亮一に脱帽である。一方、ベトナムからの笑い声は映画の撮影所を舞台にしたシチュエーションコメディを思わせながらそれを裏切り着ぐるみで作られた高さ2メートル超のヒーローが劇場狭しと大暴れする破壊的な笑いに向かうラジカルな作劇がまさに衝撃的。ひさびさに笑い死にするかと思わせられた。
90年代後半からの「関係性の演劇」の流れを担う秀逸な舞台としては震災体験の個人による微妙な差異を合わせ鏡のように作られた2本の芝居で浮び上がらせて震災体験とはないかを問い直した「カラカラ」連作。さらには短い場面を暗転なしにつなぐという独自の手法で飛行機からダイブして空中で争うという架空の競技に携わるチームの群像を鮮やかに描き出した「ダイビングサンダー」を挙げたい。
一方、東京では若手の会話劇に平田オリザや岩松了らの「関係性の演劇」とは明らかに異なる新たな流れが顕著になった。登場人物間の隠された関係の提示ではなく、舞台において集団が作りだす「ある種の空気のようなもの」を観客に追体験させようというもので、ポかリン記憶舎、ポツドール、五反田団はこうした流れのもとに見事な舞台成果を見せてくれた。この種の演劇を「存在の演劇」と呼びたいのだが、それぞれに方向性の違いはあるとはいえ、群像会話劇を「静かな演劇」と呼んでそれですませているわけにはいかない質的な差が「関係性の演劇」と「存在の演劇」との間にはあり、それが明確に顕在化された年として記憶されるかもしれない。
もうひとつの流れ「身体性の演劇」ではブランチの欲望による妄想劇という宮城聰の新解釈、ブランチを演じた美加理の抜群の存在感ともどもにク・ナウカの「欲望という名の電車」はこの舞台の上演史に確実に新たなページを書き加えた。
「OPEf」は上海太郎としては余技の部類に入る仕事だが、クラシックの名曲をモチーフにした替え歌をフィーチャーしたミュージカルショーとしては娯楽性、センスのよさともに申し分のないもので才能のきらめきにあらためて驚嘆させられた。P.A.N.通信 Vol.43掲載