■テクノとマッチョ 〜身に付くこと

 田村武<京都精華大学「Shin-bi」ディレクター>

 身に付いていないことをするのは難しい。
 小学校の時の恥ずかしい思い出がある。音楽の時間、ピアノやエレクトーン、ヴァイオリンなど楽器を習っている人はみんなの前で一曲ずつ弾かないといけなくなった。わたしも、ピアノを習っていた。特に楽しいわけでもなかったのに、週に一度きっちり通っていたから、それなりに興味を持っていたのかもしれない。
 教室では先生と一対一だし家では誰に干渉もされなかった。でも、小学校ではそうもいかない。男でピアノを習っているのは私一人だったし、人見知りが激しかったので教室の発表会にもでたことがなかった。できるだけ簡単な曲を選んで、前の日に少し練習して、授業が始まる前に足踏みオルガンで練習した。でも、本番はボロボロ。指をただ順番の運動のように動かすだけの曲なのに、動かない。二回やり直しても、最後まで弾けなかった。
 終わってから聞くと、他の子は毎日練習をするらしいことがわかった。わたしといえば、教室の前の日か、その日に学校から帰って30分くらいお復習いと予習をするだけだったのでうまくなるはずもなかった。かれらは演奏が日常の中に備わっているのだから身に付くはずである。人前で朗読するように、これも恥ずかしいけど、演奏ができるらしかった。
 わたしたちは身に付いたことのヴァージョンアップを重ねて、新しいことを手に入れる。これが知恵といわれるものである。知恵は即興的な振る舞いを支持する。結果、経験の種類と量と質が豊かな人は魅力的に見える。最近、豊かな知恵をもった大人たちと仕事をする機会が増えて、自分に照らして考えてしまうことがふえた。

P.A.N.通信 Vol.57 掲載