ゲスト: アマンダ・ミラー  セス・ティレット

 聞き手: 坂本 公成  森 裕子

アマンダ・ミラー プロフィール

アメリカ生まれ。
シカゴ・リリック・オペラ・バレエ、ドイツ・オペラ・ベルリンを経て、
84年にウィリアム・フォーサイス率いるフランクフルトバレエ団に入団、
86年からは同バレエ団のレジデンスの振り付け家として活躍する。
92年に退団後自身のカンパニーPretty Ugly Companyを旗揚げし、
フリーシーンで活動を開始する。
94年にバニョレ国際振付賞
プロフェッショナル振付家グランプリなど3つの賞を受賞。
一方でフリーランスの振り付け家として多くのカンパニーに
振り付けを行ってきた。
97/98年シーズンからPretty Ugly Companyと共に、
フライブルク市立劇場との契約が決まっており、今後の活動が注目される。

今回、横浜で初来日公演を行ったPretty Ugly Companyの
アマンダ・ミラーさんと
カンパニーの常任演出家/ステージ・デザイナーの
セス・ティレットさんにお話を伺いました。
インタヴューは、高安マリコダンスシアターと
京都ゲーテ・インスティテュートの企画したワークショップのために
関西に来られた折りに、
聞き手に横浜公演とワークショップを体験してきた京都在住のダンサー、
坂本公成さん、森裕子さんの協力を得て行われました。

公成
たくさんツアーをなされているわけですが、
その体験が作品に何か影響を及ぼしますか。

アマンダ
ええ、とても。インドでツアーをしたんだけど、そのあとすぐに
オーストリアのインスブルックに6週間滞在して新しい作品を
作らなくてはいけないことになっていました。
プリティアグリーのために一つ、二つ目がインスブルック劇場のために。
インドの強烈な体験の後に、非常にストリクトなインスブルック。
随分ハードな作業でした。

セス
舞台全体のカラーにも大きく影響しました。
雑踏の音を舞台上で流したり。

裕子
インドの強烈な雰囲気は、作品のどのようなところに現われていますか。

アマンダ
カラーと牛ですね。

裕子
牛?

アマンダ
インドでは牛が多くのものを支配していて、そのことが
大きな特徴となっています。例えば牛はとても神聖なので、
例えば道路をわたっていても、人や車のほうが止まらなければならないの。
人々は辛抱強くなければならないし、寛容にもなる、、、。

セス
「牛」をステージに登場させました。機械の牛で、
ランダムな動きをするものを舞台上にのせました。
ダンサーにとっては厳密に振り付けがなされているけれども、
牛はどにいくか分からない。
それによって、予測不可能なカオス的な状況が生まれるわけです。

公成
「それは振り付けられている」けれども
「コントロールできない」わけですね。

アマンダ
新しい作品、『アンティーク』では、われわれは、舞台技術や音楽、
照明やなんかについてまったく決めない状態でやりました。
ダンサーたちは「何をするのか」ということを
正確に与えられていない状態で。

公成
それは、どのような違いを産み出しましたか。

セス
幾人かのダンサーはかなり頭にきていたね。
リッチとか、ベニーとか・・・。

公成
初めてあなたがたのドキュメンタリーヴィデオを見たとき。
それは初期の作品でしょうが、よりきっちり振り付けられたものでした。
そのときは、幾何学的な構造というものが見て取れた。
でも昨年フランクフルトであなたの作品を見たとき
あなたの作品の構造を読みとることができませんでした。
それは確かに構造を持っていることは解った。
けれどもその構造から「はみだしているもの」がたくさんあった。
そしてその「はみ出し」を生み出しているものが何かが解らなかった。
喉を締め付けられるような感じがしました。

アマンダ(うなずいている)
セス(うなずいている)

セス
これらの作品をカオス的だと思ったわけですね。
確かに昔の作品はより構造的だったけど今は、、、。

公成
あなたの作品からは、いつもなにか視覚的に捉えられるもの、
感情的に捉えられるもの、意味として捉えられるもの、
そういったものの領域外へと遠ざかっていくものを感じます。
何か非常に捉えにくいもの、ひじょうに流動的でうつろいやすいもの。

アマンダ
ええ。本当に。

公成
で、僕はちょっと驚いたんです。

セス
見ていてつらくなかったですか。

公成
いえいえ、未知のものに接したというかんじで。

アマンダ
それなら良かった。

公成
僕が作品を見るときはいつも、作者の意図に応じて
振り付けの構成だとか意味だとかに注目します。
アマンダ:セス:oh no、意味なんて。)
例えばグラハム的な作品のときには、メッセージはなんだ。
何が言いたいんだ、と。でもあなたの作品は、それ以上のものでした。
構造だけでもなく、メッセージでもない、、、。

セス
そうそう。あなたは解ったんですね。重要な点です。
ダンスを制作するに当たって作品の文法を統一しなくても、
作品を作ることはできると私たちは考えて、
よりカオス的な作品を作ろうとトライしてきました。
と同時に、皆に理解されるように心がけてきたのだけれど、
でも、踊っている当のダンサー達にも、
当惑してしまう者がいるんだよね。

アマンダ
リタはほんとに狂ってたわね。
それにヴィクトールもふくれっつらだったわ。(笑)

公成
今後、実際の共同作業、振り付けはどのようにされるんですか。
ロジックは統一されていないと言われましたが、、、。

アマンダ
ダンサー一人、一人が踊る方法を独自に発展させることができると
考えています。なぜならダンサーの体はそれぞれ違うのですから。
もしターンアウトができない人がいたら、
それにあった自分の踊り方を自分で見つけなければ。
それが原則です。
みんなが自分のやり方を見つけなければならないと考えています。
イミテートではなく。

公成
じゃあ、ダンサーが自分でやり方を見つけるために、
ガイドラインをつくってやったりするのですか。

アマンダ
私が闘っているのは、ダンサーにはそれぞれの美意識があるので、
それに任せるということです。
彼らは、自分自身で思っている以上に、
自分の踊り方を見つけることができます。
特にインプロヴィゼーションによって、やるときには。
ガイドラインを与えることなしに、ダンサー自身が前に進む、
そういうやりかたができると人は信じないけれども、
実際は、ダンサーはそのようなものを必要としないのです。
彼等の身体はとても賢いの。普通考えるより。
そしたらもうワンステップ上に行くことができるでしょう。
カオス的な要素を取り入れることによって、不思議なことに、
構造はひとりでに自然な形で立ち上がってきます。
だから、作品の基本的な構造は同じなのだけど、
一人一人のダンサーに依っている部分がかなり大きいので、
プリティアグリーは一つの作品の公演は、毎回違うのです。
ダンサーは、彼ら自身の力によって、変わっていくことが出来ます。

公成
でも、アマンダがそこにどのような形で振り付けとして関わるのか、
みんな知りたいところなので、アマンダのコレオグラフの変遷、
コレオグラフの歴史について伺いたいのですが。

アマンダ
振り付けが本当に変わったという人もいるけれど、
私はそうは思っていません。
わたしはいつも同じことをやってきたつもり。
でも、プリティアグリーという自分のカンパニーを
持ったことによって、変わったのは確かね。
だって、ここではゼロからやり直すのではなく、
先に進むことができるのだもの。

セス
でも、はたから見ていて、彼女のコレオグラフは
大きく変わっていると思うよ。

アマンダ
そうね、新しい作品を創る度に、
前の作品の欠点を理解しようとするから。
そこから学んで、理解できなかった部分を発展させるの。

セス
うん、これはほんとの芸術家ならみんなそんなふうにしている
と僕は思うんだけど、作品のなかで、ここがよく解らないという
ポイントがあって、アマンダはそれを次の作品で
発展させていると思う。ダンサーたちは6つの星座で、
作品はその6つの星座によって織りなされる構築物だと思う。
でも彼女のやりかたを理解できないダンサーもいるけど。

アマンダ
"my father's vertiko"を作ったとき、
何人かのダンサーはすっかり腹を立てていたわ。
でも実は"Meidosems"は非常に古典的な構成でできていて、
パドド〓についての作品なんです。パドド〓と空間の関係。
パドド〓では、ソロがあって、もう一人のソロがあって、
デュオがある。
"Meidosems"でやったのは、一つ一つが異なる二つが、
同じ空間を共有しているという状況。それによって、
踊る彼らは、いつも変化していくことができるでしょう。
お互いをイメージしていくなかで。

セス
アマンダはいつも振り付けの間中話している。
一度その声を拾って,舞台上に吊ったスピーカーで
彼女の語りを流しながら作品を作ることを
考えたことがあるんだ。
実際試しはしてもみて、本番ではやらなかったんだけどね。

公成
ヴィデオを見たときの第一印象は、
ワークショップでもそうだったけど、アマンダがずーっと
何かしゃべりとおしているということでした。
それまでに聞いた限りでもっていたイメージは、
フランクフルトでとても抽象的な作品を
作っているというものでした。
いくつかの動きやその組み立ては
フォーサイスの「影響」を受けていると思われたのですが。

アマンダ
私たち、「シェア」していたから。

公成
でも全く違う点は、ずーっとしゃべっているということ。
それもすごく詩的なことをものすごいスピードで、
振り付けながら、話していくということでした。

裕子
とても素敵な声でね。

セス
確かに彼女の作品は、言語と非常に密接に関わっています。
僕はいつも彼女に、この本を読め、あの本を読めと、
色々渡すんです。

アマンダ
"Arto's Book"は、実際そのようにして出来た作品です。
ある時、私たちと一緒に仕事しているアルト・リンゼイが、
一冊の本を渡してくれたんです。
私は、音楽家と作業するときはいつも、
非常に多くの時間をかけて、お互いが考えていること、
イメージや、映画や本やその他多くのことについて
対話をしていきます。
そういうわけで、"Arto's Book"は、
アルト・リンゼイが渡してくれた
一冊の本についてのものとなりなりました。

セス
ただ、その作品は本の内容を伝えるというのではなくて、
彼女と本との対話だと思います。
実際彼女はいつも非常に多くの本と対話しています。
そして作品を作る中で、非常に多くのことを、
ダンサーに語りかけるわけです。
あまりの情報の多さにみんな混乱して。

アマンダ
みんな泣いてたわね。

セス
彼女があまりに多くのことを話しかけるので、
最初2週間ぐらいは、ダンサー達は、非常に混乱してしまう。
でもあるとき、その言葉が溢れかえっている中をかいくぐって、
自分自身でそこから泳ぎ出すことを始めるわけです。

公成
往々にして多くのダンサーは、
自分の「内面性」というものを信じるあまり、
自分の感情や主観、イメージといったものを、
自分の外側に作り出してしまいがちだと思います。
それによって彼自身は、
その内面性の説明でしかないようなものになってしまう。
つまり、彼自身の存在というものが、彼自らが、
外側に作り出したものの代弁物にしかすぎないような状態に
陥ってしまう。それは、非常に逆説的な状況だと思います。
でも、あなたの場合は逆に、
内面性というものを信じていないと思う。
だから、多くの言葉を多くの問をダンサー達に投げかける。
言葉が空間に、浮遊しているわけです。
で、確かにその言葉の多さに、ダンサーたちの多くは混乱し、
抵抗するでしょう。ですが、あるとき、彼らは気づく。
自分自身がその言葉の海の中を、泳いでいくんだと。
その時から、彼らは、言葉とのスリリングな関係を
踊り出すわけです。一種の冒険ともいえるような。
ですから、観る者にとっては 、あなたの作品は、
決して描写的ではなく、そこではダンサーが、
ダンサー自身として見えることになる。
それででしょうか。僕にはダンサー達が、非常に神々しく見える。
で、僕はあなたのすべての作品に、なんといったらいいか、
神話的なもの、ギリシャ悲劇というか、、、、。

セス
そうですね。僕らはいつも、ダンサーの動きというものを
理解しようと努めてきた。
僕らにとっては言葉というものは非常に重要で、
ですがそれはなにか外側にあるものを理解するための言葉、
決して説明をするための支配的な(命令的な)言葉ではなく、
何かもっと非常に強力で、異なる言葉によって。
ルクレチウスというギリシャの哲人なんですが、
ものを見るということは、事物の粒子が眼球にぶつかるから
知覚できると考えた人もいる。
だから、彼 によるともしこの粒子を避けたなら、
我々はこの事物を見なかったことになる。
確かに奇妙な考え方なんですが、僕らはこの考え方に興味を持って、
作品を作りました。

アマンダ
とてもおかしな考えなのだけど、、、、
人間は薄い膜が折り重なできていて、
だから人間の像はここから生まれているというの。
なぜならそれらは運動なのだから。
ルクレチウスは、私たちがこのようにして世界を
見ることができると考えたの。
それらは微粒子なんです。
微粒子が軌跡を描くと、イメージが現れると。
それが私がいつも考えていることで、
"Two Pears"やその他すべてでやったことなんです。
動きは粒子で、食べることも、においを嗅ぐことも、聞くことも。

〈おわり〉

P.A.N.通信 Vol.10+11 掲載